「釈迦仏の御使」の意味は

 

一谷入道御書 

日蓮は愚なれども釈迦仏の御使法華経の行者なりとなのり候を用いざらんだにも不思議なるべし、其の失に依つて国破れなんとす

 

ストレートに表現すると、この一行は実におもしろい。

何回読んでもワクワクしてきますね。

 

だいたいにして、(自称)房総半島の田舎の海沿いの漁師のせがれのお坊さんが、「私を用いなかったのだから、この国は滅亡だよ」と言うでしょうか。また言ったところで誰が相手をするでしょうか。現代的に言えば「そうですか。お医者さんへどうぞ」となるところでしょう。

 

ところがです。

日蓮には北条時頼に「立正安国論」を以て諫める「機会」があり、実際にそれを行った。行ったところで、日蓮という人が「たいした人物」でないならば、相手にせずに放っておかれたはずなのに、草庵を襲われ、伊豆に流された。要するに「立正安国論」の内容もさることながら、「日蓮という人物」を放ってはおけない、何かがあった。相手にせざるを得ない何かがあったということですね、鎌倉幕府には。

 

いわば幕府が直接相手をするだけの人物であった、ということなのです。

 

その何かって「なに」?

それが分かれば苦労はしませんが、日蓮が一仏教僧レベルでは考えられない「大きなこと」を威風堂々と口にして行動するだけの「何か」があったことは間違いないわけです。

 

その「何らかの意識」というものが書簡の随所に「キラリ」と登場しており、この「一谷入道御書」にもそれが見いだされるわけなのです。

 

 

さて、角度を変えてみましょう。

「釈迦仏の御使」「法華経の行者」とありますが、法華経の行者はOKですね。日蓮は法華経を身で読み、法難というものを蒙り、経典に説かれることを証明しました。ですが、その仏教上の立場は「釈迦仏の御使い」ということは、お釈迦様のお使い?使者?お釈迦様の教えの伝道者なの?と素朴な疑問が湧いてきますが、実際文字通りに受け止めている宗派は「本仏釈尊、日蓮大菩薩」となっています。では、この「釈迦仏の御使」という自己規定みたいな表現はどういうことなのでしょう?

 

一言でいえば立教初期はその通りだったけど、歳月を経るに従ってその意識は末法の教主となり、本仏と同化して本仏に等しいものともなった。だが爾前権教から実教たる法華経に移った人々にその「思い」は理解できようはずもなく、内面の実り・宗教的境地を直ちに表明するよりも法華経信仰を愛でることを優先した。弟子檀越の信仰の深化に重きを置き、善導を主とした故に「釈迦仏の御使」との表現となった、ということだと思います。

 

いきなり「我れ教主なり」とやってしまったら、つい先日まで大日如来や阿弥陀如来を拝んでいた新参の人は「何が何やら」で、その思考は壊れてしまったことでしょう。

 

となると、「その日蓮の思いだとか、内面の実り・宗教的境地が末法の教主であるというのは単なる推測では?」となるのですが、推測ではなく日蓮が事実の上で「宣言」しているのが曼荼羅本尊ではないでしょうか。

 

御本尊を顕しそれを授与しているだけならば仏像を彫刻する仏師の替わりでその文字本尊版ともいえるかもしれませんが、御書の随所の教示からすれば「私が顕した本尊を拝することにより末法万年の一切衆生の成仏がかなうのです」と宣言しているに等しく、それは同時に「衆生成仏の法を説き、衆生成仏の本尊を顕せるのは日蓮一人」ということですから、まさに教主であり、教主即ち本仏としての自覚であったと考えるのです。そのような思いの一端が顕れているのが、当該文の次の「日蓮は日本国の人人の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし」との「主師親の表明」ではないかと思います。

 

もちろんここまで書いたのも解釈論。文章はいかようにも解釈できるし、言葉に出しても「本当の思い」というものは、中々口にしないもの。ですが、「みんなが幸せになってほしいと願い本尊を顕した」、もうこれだけで、立派な教主にして本仏だと思うのです。ましてや、「国破れなんとす」と明言しているのです。まさに日本の柱、即ち仏教的柱=末法の教主=末法の本仏としての自覚が顕れた一表現ではないでしょうか。

 

 

わずか一行、二行から、あれやこれやと思考がまわる御書の世界。

本当に嬉しく楽しい世界です。

これが「我が信仰の糧」にもなっていくのですから、自家発電ならぬ自己発電みたいなものでしょうか。

 

の一行もまた、見つけることにしましょう。

 

2022.12.31