本門の教主・日蓮~波木井三郎殿御返事

 

「幸せになりたくて信心したのに、信心している故の迫害続きなんておかしいじゃないか。むしろ間違ったことをやっているのではないか」

日蓮の時代も、今も変わらない大いなる疑問です

 

その身が佐渡にあった文永10年(1273)8月8日、日蓮は「波木井三郎殿御返事」で、南部六郎三郎に答えます。

 

 

末法では、仏の教え通りに法華経を修行・実践すれば大難は必定であることを法華経・涅槃経の文を引用して示し、その仏語を証明した日蓮が法華経の行者であること、難を受けた不軽菩薩等の過去の法華経の行者の先例、日蓮を流罪するのは国土滅亡の先兆であること、一国謗法の姿を嘆き、亡国をとどめ衆生を救済するために本門の教主が出現し妙法蓮華経を一閻浮提に流布することを明かし、さらに阿闍世王・提婆達多の先例から罪の軽重ではなく法華経への信心が肝要であること、殺生に関わる六郎三郎こそ強き法華経への信を確立すべきことを教示します。

 

 

一読、対話の達人ですね。

疑問に覆われる個の思考から、還るべき原点を示して正法の何たるかを理解させ、世を思いいかに衆生を成仏せしめていくかという、大いなる自己へと昇華させるのです。

 

 

文中の「本門の教主・妙法の五字一閻浮提に流布せんこと疑無き者か」には注目です。

本門の教主が出現し、妙法蓮華経の五字が一閻浮提に広宣流布することを明かされるのですが、本門の教主を釈尊と解釈したところで現実世界に釈尊はどこにもおらず、事実の上で妙法蓮華経の五字を弘めているのは日蓮その人であり、本門の教主が日蓮を指すことは明瞭といえます。

 

日蓮自らの自覚として「本門の教主・日蓮」なのです。

 

既に文永8年法難の際の八幡社頭の諌言(八幡大菩薩への叱咤)、続く竜口首の座での光り物の働きに、「叱咤された垂迹としての八幡大菩薩が本地釈尊として光り物となって顕れ日蓮を守護した」ことを眼前とされ、その段階において「釈尊は日蓮を守る働きとなった=釈尊は脇士となりて」の境地に達した日蓮は、内観世界を日蓮が魂の当体として虚空会の儀相を以て曼荼羅本尊に顕しているのです。「南無妙法蓮華経 日蓮」という法と人の脇士としての釈尊を、曼荼羅本尊で明快に示されたわけです。

 

このことは、末法の衆生が礼拝するのは「南無妙法蓮華経 日蓮」の「大本尊」(万年救護本尊讃文)であり、それは「南無妙法蓮華経 日蓮」の「大本尊」によって成仏を期することを意味するものでしょう。

 

衆生が成仏をかなえる曼荼羅本尊を顕すこと、それは顕す人(日蓮)は教主であることを意味するわけですが、「波木井三郎殿御返事」での「本門の教主・妙法の五字一閻浮提に流布せんこと疑無き者か」との記述は、数少ない「教主・日蓮」の明文ではないでしょうか。

 

2023.1.28