日蓮幽霊板本尊について

 

身延山には興味深い板本尊があります。

 

身延山久遠寺諸堂等建立記

一、板本尊

本尊は祖師の御筆を写すか、下添え書きは第三祖向(民部日向)師の筆也。下添え書きに云く、

正安二年(1300)庚子[かのえね]十二月 日、右、日蓮幽霊成仏得道乃至法界衆生平等利益の為に敬ってこれを造立す

(日蓮宗宗学全書22-56

 

弘安5(1282)1013日、師匠・日蓮が入滅してから18年後、

正応2(1289)春、日興の身延離山から11年後、

正安二年(1300)12月、身延山では六老僧の一人・民部日向により板本尊が造立されました。

 

本尊の添書きには、日蓮幽霊とありますが、民部日向は「師匠日蓮の魂が成仏できずにさまよっている」と考えていたのでしょうか?

 

釈尊像の造立や神社参詣を容認して、日興の身延離山の原因を作ったとされる日向ではありますが、さすがに、自らの師匠が成仏できずに霊魂がさまよっていると考えていた、ということはないでしょう。この場合の幽霊は今日的な意味ではなく、精霊(せいれい・しょうりょう)という意味、即ち亡き師匠の魂の成仏を願い、供養の意味を込めての板本尊造立であったと考えられます。

 

 

そもそも、幽霊とはどういう意味でしょうか。

今日(こんにち)一般的には死者のたましい、亡魂、または成仏できずにさまよっている状態等を意味しています。

 

では、幽霊は御書に説かれているのでしょうか。

御書には幽霊との表現がありますが、それらは、やはり、精霊と同じ意味であり、現代で使われる幽霊、おばけとか、さまよう亡魂等とは多分に異なっております。

 

 

法蓮抄

今法蓮上人の送り給える諷誦(ふじゅ)の状に云く「慈父幽霊第十三年の忌辰(きしん)に相当り一乗妙法蓮華経五部を転読し奉る」等云云

 

意訳

今、法蓮上人(曾谷二郎兵衛尉教信の入道名)から送られた諷誦文(ふじゅもん)には、「慈父の精霊、第十三年の忌日に当たり、一乗妙法蓮華経五部を読誦しました」とあります。

 

※諷誦文~死者追善供養の志を記入、施物を供えて僧に誦経を請う文のことで、法会のときに導師が読みます。

 

 

内房女房御返事

内房よりの御消息に云く八月九日父にてさふらひし人の百箇日に相当りてさふらふ、御布施料に十貫まいらせ候~「伏して惟れば先考の幽霊生存の時・弟子遥に千里の山河を凌ぎ親り妙法の題名を受け然る後三十日を経ずして永く一生の終りを告ぐ」等云云

 

意訳

内房からの御消息に「八月九日は亡き父の百箇日に当たります。御布施料に十貫文お送りいたします」~「伏して考えますと、今は精霊となっている亡き父の存命中に、弟子がはるかに千里の山河をしのいで身延山に参り、親しく妙法蓮華経の題名をお受けし、それから後 三十日を経ずに永く一生の終わりを告げました」等とあります。

 

 

以上のように、日蓮の記述における幽霊とは精霊と解釈できるものであり、今日的な意味での幽霊というものは見当たりません。

 

 

日蓮は「唱法華題目抄」で、

法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず

と、存在しないものを見たとか、除霊をする加持祈祷などの通力を一切排除しています。

 

また、「題目弥陀名号勝劣事」では、

先ず通力ある者を信ぜば外道天魔を信ずべきか

通力によるのでは、外道天魔を信じることになってしまうと喝破されています。

 

何よりも大切なのは、一閻浮提第一の御本尊への揺るぎなき信仰でしょう。

 

「諸法実相抄」に、

一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ、あひかまへてあひかまへて信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給うべし

 

とあるように、一閻浮提第一の御本尊への信仰こそ、強く確立してまいりたいと思います。

 

2023.3.25